海外事業
 昨今、多くの国で、寿司を食べることが人気をはくしているように、歌舞伎や茶道などの日本文化は世界中で受け入れられ、鑑賞されています。
日本庭園も同様です。それらの伝統は他の国の新しいガーデンやランドスケープ作りに影響を与えてきました。日本の庭の興味深い所は、そのユニークな特色にあります。それらがもたらす不動静寂、深い象徴的意味、また研ぎ済まされた芸術性など。それらはあらゆるレベルで鑑賞され、人々にさまざまな理由で喜びと充足を与えます。日本庭園の現代における人気の理由のひとつに、自然の本質をとらえるということがあります。我々の歴史また、四季が事のほかはっきりしている土地柄がそういった自然に対する我々の敏感さを作り上げたのでしょう。西洋では一般的に人間の条件に合わせた形で自然を庭にとりこむという伝統がありますが、日本では反対に、自然と調和を図るという事に重きが置かれています。
我々の庭は、我々の自然界に対する関わりの現われです。何世紀もの間、日本の信仰や宗教は知覚を超えた深遠な宇宙との親密な関わりあいでした。自然界の物体は精霊の宿るところと考えられていたのは日本固有の宗教である、神道から来ています。また、禅仏教では熟考や瞑想の練習、禅の教えを示すため、人々に庭を作らせています。
禅とは
ガーデンデザインの発展は何世紀もの間、絶えることなく進化してきました。しかしながら、その長い歴史の中でも、得に劇的に変化し、新たな庭の形を作り上げた時期があります。
鎌倉、室町時代、権力は貴族から武士へ移り変わった時、禅の影響を受けた庭が繁栄しました。武士階級は社会の中心となり、文化のパトロンとして簡素さを美徳とする精神を広めました。
中国から来た禅仏教は、神の助け(他力)を必要とする他の仏教と違って、瞑想により、自分で悟りを開くという自力に重きを置いていた為、特に武士達を惹きつけました。ほとんどの時間を己の鍛錬に費やし、戦で勝つためには、こころをクリアーにし、死の恐怖を忘れることが大事だった彼らにとって、世界を忘れ、また己すら忘れるという、無我夢想の境地になることが宇宙の真理を悟る上で必要不可欠という禅のおしえは納得がいくものでありました。よって、武士階級は禅寺のスポンサーとなり、禅の教えを表した庭は彼らの好みとするものになりました。
禅庭は、水を使わず、砂や石を山や川、海などに見立てた枯山水の様式を好んで使いました。
これらのシンボリックで、世界を縮小化した庭はシンプルな庭と言えるでしょう。抑えられた色や材料はこの時代の人々が好んだモノクロな感じや、簡素なものに高尚さを感じる、侘びの精神を表すのにとても重要なことでした。
禅仏教との関わりから、その庭はしばしば宗教や哲学的意味あい、または価値感を暗喩するものでありました。それゆえに観る者は表面的なものの下になにが隠されているかを見る必要がありました。
水のないところに水を見、山のないところに山を見るということは、無限を直接的に経験するというレベルにまで心を持っていくという瞑想と似ています。この時点で、人は直感的に宇宙の本質を理解するのです。禅ではその本質を無・空と言い、全てのものが生まれ属するところと考えられています。
すべての虚飾を取り払い、つまり、全てをその本質までシンプル化することで、庭は人にたとえひとつの石さえ、それが属する宇宙だから、その本質を表せるということを教えるのです。
我々が目指すもの
私達はこの禅庭の奥深さを現代の庭に適用することができると考えています。自然に対するその精神や敏感さをベースにした庭は人々の心に時間や場所にかかわらず、感動をあたえることでしょう。よって、このような日本庭園をこのプロジェクトを通して紹介できるのであれば、これほど光栄なことはありません。私達は決して哲学的な面だけではなく、芸術的なやり方で、美を追求しようと考えています。
我々のチームはお客様の要求に誠実に、プロフェッショナルな仕事を提供いたします。禅の精神を持って作る我々の庭は必ず、お客様の満足を得られるものになると確信しております。
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